六章
 その後、夕香と月夜を迎えに嵐と莉那、昌也が来た。嵐と莉那は事情を知っているらし
く蒼褪めた顔で夕香を支え、白い顔をしている月夜を着流し姿の昌也が肩に担いだ。その
着流していた浴衣が月夜の血でべっとりと紅くなったのが印象的だった。
 ふらふらとしながら夕香は嵐の後ろに乗って昌也の屋敷に向かって一室を借りてずっと
閉じこもっていた。
 そして数日がたち月夜がようやく目を覚ました。その隣には夕香がいなくて部屋の中、
一人で寝かせられていた。
「ここは?」
 力なく視線を彷徨わせて月夜はようやく自分が置かれた立場がわかった。おそらく兄の
屋敷だなと思って肘で体を支えながら体を起こした。ふと部屋の片隅に小さな狐がしゅん
と小さくなってお座りの格好でうなだれていた。
「何ちっちゃくなってんだよ。ひとりでこんなところに置かれてたかと思ったぞ」
 軽い口調でそういっても何も返事がない。深く溜め息をついて月夜は夕香においでおい
でと手をひらひらさせた。それでも近づこうとはしない。
「夕香。ここに来い」
 溜め息混じりに言うとやっとそろそろと近づいてきた。うなだれて正座する夕香が見え
るようだ。月夜は目眩を押し殺しながらふわふわとした夕香の狐の頭を撫でて掴んで膝の
上に乗せた。
「何しょぼくれてんだよ」
 何も言葉をしゃべろうともしない夕香に溜め息を吐いて首根っこを引っつかんでそのま
ま胸の上において体を横たえた。
 横たえたまま月夜は夕香の毛並みを撫でていた。夕香も何も言わずにされるがままにな
っている。
「なんか言えよ。夕香」
 何も言おうともしない夕香に月夜は溜め息混じりに言ったがそれでもしない。二人に沈
黙が降りたとき、部屋に闖入してきた一匹の狼が二人を見て足踏みした。月夜は夕香と嵐
の姿に肩を震わせて笑っている。
「あちゃちゃ。兄貴の家は動物園か?」
 そんなことを言った月夜は苦笑交じりに嵐の変身を解いて眠ってしまった夕香を指差し
た。
「どういうことだよ、これ?」
「どういうことだって、負い目感じてんだろ」
 肩をすくめている嵐に月夜は頭を掻いた。胸では夕香が丸くなって寝ている。
「あのなあ、何日も寝っぱなしだったんだよ、お前は。んで、夕香がお前が寝ている間ず
っとその格好で部屋の隅で小さくなってたんだ。反省してたんだろ」
 そういう嵐に夕香の毛並みを撫でて溜め息と言いれない感情を吐き出した。
「まあいいや、またしばらく寝る」
「ああ。わかった」
 頷いた嵐を見て月夜は体を横にして小さな夕香をしっかり支えながら目を閉じた。何日
も寝ていたらしいのに甘い眠気がまた体を揺する。その揺れに意識を任せてまた月夜は眠
りについた。
 そして、どれくらい経ったのか、ふと月夜は目を覚ました。額には冷たい布が置かれ隣
には呆れた顔をした嵐が座っていた。
「どういうことだ?」
「しらね。いきなり熱出したから看病してやってたんだ。夕香は隣の部屋でお篭りしてる」
「へえ」
 原因不明の熱だというが、取り立てだるいとか言うわけではなく、不思議な爽快感があ
るのが不思議だった。体を起こそうとすると、嵐が肩を強く押してきた。布団に貼り付け
にされたような気がしてジタジタと暴れていると額を思い切り叩かれた。
「いってぇ」
 叩かれた額を両手で押さえて目をつぶっていると嵐の溜め息が聞こえた。珍しく深い溜
め息だと思っていると溜め息混じりに何かが呟かれた。
「まったく、お前は死にかけたんだぞ?」
 その言葉に月夜は瞬きをして頷いた。それは自覚ある。だが、今の体の状態からしてそ
うだったとはおおよそ思えない。
「それに、貧血があるから動くな」
 肩を掴んだ手が握りしめられるの感じてその手を払った。
「で、何で俺の状況はどうなの? これぐらいなら病院連れてってくれるのが普通だけど」
 飄々としたその言葉に嵐は拳を握ったが仮にも病人だと自制して怒りを静めてまた溜め
息を吐いた。
「とりあえず、これ読め」
 寝ては読めないので起き上がろうとすると嵐が肩を支えてくれた。その手をやんわりと
振り払って字面を読んで眉を寄せた。
「わかるはわかるけど、何がどうなの?」
「聞くな。自分で考えろ」
 その言葉にむっとしながら教官の考えを頭の中でなじませて一つ頷いた。顎を撫でて目
を細めて自分の立場について頭の仲で整理して溜め息を吐いた。
「教官が言った事は、本当になっているのか?」
 つまり、月夜と夕香は戦犯として追われているのかと聞いたのだ。聞いたには断定の形
が強く、ただ確認しただけだろう。嵐は一つ頷いて視線を落とした。
	
  ――お前たちは戦犯として指名手配されている。白空の策略によって妖と術師の全面
交戦が始まる。
	
 月夜の脳裏に誰かの言葉が閃いた。誰だろう。この声は。とても懐かしいような声だっ
たはずなのに。
「全面交戦、戦が起きるのか?」
「は?」
 突然呟いた月夜に嵐が訝しげに眉を寄せた。また、脳裏に薄野原が焼かれその焔の中に
狂ったように笑う白銀の妖狐と黒い妖狐が対峙している。
「いらない力まで発現しちまった様だ」
 肩を竦めて天井を見つめた。そして今見た内容を嵐に話して月夜は嵐に背を向ける形に
なって眠ってしまった。


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